サトウキビ畑の風景に『民国42年 1953年』というテロップが表示されるところから始まる映画!
つまり、現在86歳から87歳くらいのおばあちゃんや、90歳を超えたおじいちゃんの子供のころの状況を描いた映画です。
もちろん、台湾の映画ですが、この1953年の8年前まで[1895年(明治28年)から1945年(昭和20年)まで]の約50年間は、台湾が日本の統治下にあり、台湾人が日本人として生活していました。
「台湾の映画」は、あまり見たことがないという方、あるいは、台湾旅行に行ったことあるけど、台湾の歴史はあまり知らないという方にもぜひ見てほしい映画です!
2026年5月末時点で、映画館や、Netflix(タイトル:大濛)で視聴可能です。
Xでたくさんのツイートが流れているのを見て、ぜひ見てみたいと思っていました。見終えたときに、誰かにおススメしたくなって、すぐにブログに書きたいことを書き始めた状況です。
この映画は、台湾の暗黒期と呼ばれる「白色テロ」の時代を真正面から扱っています。
しかし、この映画は歴史的事実を背景としつつ、15歳の女の子(同じ年代の方ならば現在86歳から87歳くらいのおばあちゃん)の何十年も前の忘れることのできない冒険の記憶を描いた映画とも言えます。
日本での映画公開に向けてのポスターに書かれている「時代に翻弄された二つの魂が出会うとき、50年の時を超えた奇跡が動き出す」という言葉の意味が、映画を見終えたときにわかります。
この映画の本質は政治的なメッセージではなく、過酷な時代を懸命に生きた「普通の人間たちのぬくもり、やさしさ」だと思います。また、過去の出来事におけるそれぞれの対場で過ごしてきた人々を映画を通してわかりやすく伝えていると思いました。
チェン・ユーシュン監督は、先の見えない深い霧のような時代を描きながらも、人間の尊厳とあたたかな涙を誘う奇跡の物語を見事に描き切っています。
今回は、映画をこれから観るか迷っている方へのナビゲートから、鑑賞後に深く共感できるポイント、さらには歴史背景まで、映画『霧のごとく』の魅力を時代背景などを調べて徹底的に紐解きます!
目次
『霧のごとく』とはどんな映画? まずはネタバレなしで紹介
あらすじ:兄の遺体を引き取りに、15歳の少女が台北へ向かう
舞台は1954年の台湾。主人公は、わずか15歳の少女・阿月(アユエ)です。
ある日突然、最愛の兄が政府に連れ去られ、処刑されてしまいます。阿月は嘉義(カギ)の田舎からひとり、兄の遺体を引き取るために大都会・台北へと向かう旅に出ます。
そこで彼女を待ち受けていたのは、同じように大切な人を失った人々や、時代の手に翻弄されながらも必死に生きる小市民たちとの出会いでした。
絶望の淵に立たされた少女の旅は、やがて予想もしない展開に!
監督・キャスト・上映時間・受賞歴
監督: チェン・ユーシュン(陳玉勳)
(代表作:『熱帯魚』『ラブGoGo』『1秒先の彼女』など。笑いと涙の魔術師と呼ばれるヒットメーカー)
キャスト: 期待の若手実力派から、映画を支えるベテラン俳優陣まで、人間味あふれる演技を見せてくれます。
日本のタイトルは『霧のごとく』ですが、原題は「大濛(台湾語で“大きな霧”の意味)」といいます。
この言葉通り、映画の中では全編にわたって先の見えない自然の霧が美しく、そして不穏に描かれます。この「霧」は、明日誰が連れ去られるかわからない、当時の台湾社会を包んでいた「恐怖と不安の空気」そのものを象徴しています。
日本人が『霧のごとく』を見て感じる3つの魅力
1. 台湾の歴史を知らなくても、まず「人」の物語として響く
難解な政治の勢力図を覚える必要は一切ありません。カメラが追いかけるのは、あくまで「お兄ちゃんを家に連れて帰りたい」と願う15歳の少女の目線です。国境や歴史を超えて、誰もが共感できる「家族愛」や「人と人の絆」が物語の核になっています。
2. 1950年代の街並みや衣装が圧倒的に美しい
台湾は1945年まで日本の統治下にありました。そのため、1950年代の台湾には日本時代に建てられた駅や学校、商店街などが数多く残っていました。また、人々の服装や生活用品にも日本の影響が見られます。現在の日本では高度経済成長や再開発によって失われた風景が、当時の台湾にはまだ色濃く残っていました。
さらに、映画で描かれる1950年代の台湾の街並みは、現代のように高層ビルや派手な広告が少なく、人と人との距離が近い温かい雰囲気があります。そのため、日本人にとっては「昔の日本にもこんな風景があったのかもしれない」と感じることができ懐かしさを感じ映画の世界にトリップしたような没入感を味わえます。
3. 苦しい時代の話なのに、希望を手放していない
どれほど政治が冷酷であっても、草の根で生きる庶民の優しさやユーモアは死なない――。チェン・ユーシュン監督らしい温和な眼差しが貫かれており、ラストには張り詰めた心がすっと溶けていくような、あたたかい涙が溢れます。
なぜ人々が“口をつぐむ時代”になったのか
この時代の恐ろしいところは、近所の人や同僚、場合によっては友人からの「密告」によって捕まる人が続出した点です。そのため人々は、政治的な話はおろか、本音すら他人に話せなくなりました。これが、台湾の歴史で長く続いた「人々が口をつぐむ静かな時代」の正体です。
一言でいうと、「政府に反対している、またはスパイであると疑われるだけで、令状もなしに逮捕されたり、処刑されたりした恐怖の時代」のことです。
当時、台湾を統治していた国民党政府は、反対勢力を抑え込むために非常に厳しい法律(戒厳令)を敷いていました。そしてたくさんの人が投獄、処刑されました。
チェン・ユーシュン監督は「いま私たちが当たり前に享受している自由や人権は、この時代に犠牲になった人たちの土台の上に成り立っている」と語っています。この映画は、歴史の授業のようなお説教ではなく、エンターテインメントを通して「自由の尊さ」を心に染み込ませてくれるのです。
主人公・阿月と同世代の人は、いま日本で何歳くらい?
映画の中でひたむきに旅をする主人公の阿月は、1954年時点で15歳です。
これを単純計算すると、彼女が生まれたのは1939年(昭和14年)ごろになります。
つまり、2026年現在の日本でいうと、おおよそ「86歳〜87歳」になる高齢者世代の方々です。
日本でいえば、幼少期に激しい戦争を経験し、10代半ばの青春期にちょうど戦後の復興期を迎えていた世代に当たります。そう考えると、決して遠い昔のファンタジーではなく、「いまのおじいちゃん、おばあちゃんたちが、ちょうど若者だったころのリアルな時代の物語」として、ぐっと身近に感じられるのではないでしょうか。
映画の時代、日本はどんな時代だった? 1954年の日本をざっくり比較

映画の舞台である1954年(昭和29年)、お隣の日本はどのような社会だったのでしょうか。台湾と対比してみると、世界の大きな動きが見えてきます。
「もはや戦後ではない」の直前:
日本は前年に朝鮮戦争による特需(経済の急成長)を経験し、戦後復興の真っ只中にありました。しかし、まだまだ倒産も多く、生活が苦しい庶民もたくさんいた「光と影」が同居する時代です。
社会を揺るがす大事件の連続:
この年は、太平洋での水爆実験で日本のマグロ漁船が被爆した「第五福竜丸事件」が起き、日本中で反核運動が巻き起こりました。また、現在の「自衛隊」が発足したのもこの1954年です。政治への不信感や社会の不安定さは非常に高い時期でした。
冷戦の影の中、交錯するふたつの国:
当時の世界は、アメリカを中心とする資本主義陣営と、ソ連を中心とする共産主義陣営が対立する「冷戦」の時代。台湾が白色テロによって緊迫していた裏で、日本もまた、安全保障や冷戦の荒波に揉まれていました。
平和に向かって歩み出しつつも、どこか足元が落ち着かない――。1954年の日本と台湾は、形は違えど同じ激動の空気を吸っていたと言えます。
ここからは鑑賞後に読みたい:『霧のごとく』が胸に残る理由
映画を観終わった方、あるいは結末の余韻を共有したい方はここから先をお読みください。
『霧のごとく』5/2(土)野嶋剛さんによる解説トークイベント
Xにおいて【映画『霧のごとく』公式】が紹介しているツイートに添付されている動画をみると、さらに映画の内容を詳しく理解することができるので、ぜひ見てほしいです。
⊹ ࣪˖映画『#霧のごとく』⊹ ࣪˖
野嶋剛さん(ジャーナリスト、大東文化大学教授)による本作のご解説トークの様子を公開!@nojima_tsuyoshi
本作の歴史的背景について紐解く貴重なトークをぜひチェック下さい🌫
※物語の内容に触れているため、未鑑賞の方はご注意下さいhttps://t.co/oFR1j6C2gj— 映画『霧のごとく』公式 (@afoggytale) May 28, 2026
タイトルの“霧”は、時代の不安だけでなく「人の記憶」でもある
映画の全編を覆う「霧」は、当時の恐怖政治を象徴していました。見方を変えれば「霧」とは「薄れゆく歴史の記憶」のようでもあります。当事者たちが去り、忘れ去られようとしている暗い過去。そこにチェン・ユーシュン監督は、映画という光を当てて霧を晴らし、埋もれていた「個人の小さな人生」を引っ張り出してみせたのだと思いました。
笑いと涙が同居するチェン・ユーシュン監督らしさの真骨頂
コメディの鬼才である監督が、これほど重いテーマを扱うことに現地でも注目が集まりました。しかし蓋を開けてみれば、極限状態の中でもクスッと笑える庶民のたくましさや、ユーモラスな掛け合いが散りばめられていました。だからこそ、悲劇が単なる悲劇で終わらず、観客の心に「生きるエネルギー」として残るため、この映画を見た人のコメントが、たくさん投稿されているのだと思いました。
台湾・香港の視聴者コメントから見えてくる、この映画の本当の強さ
香港人的大濛
身在海外,一直未能觀看《大濛》,幸好終於等到Netflix上架,看罷感觸良多。
電影說的是大時代小人物的故事,難得既不煽情也不沉悶,呈現歷史而不沉重。做到這個效果,得歸功於導演陳玉勳高舉輕放的拍攝手法,和柯煒林(Will Or)喜感充盈的演繹方式。… pic.twitter.com/3xdfOSDyqB
— Janus Tin (@janusltin) May 28, 2026
【ツイートの日本語訳】
香港人の『大濛』
海外にいるため、ずっと『大濛』を観ることができなかったが、幸いにもついにNetflixで配信され、観終わった後は感慨無量だった。
この映画は、激動の時代を生きる一介の市民の物語だが、珍しく感傷的でも退屈でもなく、歴史を描きながらも重苦しさがない。この効果を実現できたのは、陳玉勳監督の軽やかで自然な撮影手法と、柯煒林(Will Or)のユーモアあふれる演技のおかげだ。
ネット上では、なぜ結末で趙公道が何も告げずに去ってしまったのかと疑問を呈する声が多く見られる。しかし、趙の価値観や経験に身を委ねてみると、私ならやはり何も告げずに去る方を選ぶだろうと思う。最後に趙が放った「行くぞ」という言葉は、まさに画竜点睛だった。
映画を見て胸が熱くなり、目頭が熱くなったのは、『每當變幻時』のオリジナル曲が流れた時だった。この広東語の歌は、多くの年配の香港人にとっての集合的記憶であり、一瞬にして台湾と香港を結びつけてくれた。
台湾人はとっくに白色テロから遠ざかっているが、香港人は今まさに「大蒙時代」の真っ只中にいる。
最終的に雲になるにせよ霧になるにせよ、一滴一滴の水滴は、すべて心に留めておく価値がある。
昨天半夜十二點,已經昏睡一輪醒來。
室友(突然):大濛上線了要不要看?
我:現在?
室:因為剛剛上線
我:但為什麼要現在?
室:因為現在剛上線可以看啊然後就看到兩點。哭到三點。靠。#大濛
— 神探嘻茲比吉知吉行🦖鱈魚箱斯(中版) (@editricezia) May 27, 2026
【ツイートの日本語訳】
昨日の深夜12時、一度ぐっすり眠った後、目が覚めた。
ルームメイト(突然):大濛がインターネットで見れるけど、見る?
私:今?
ルームメイト:さっきネットに公開したから
私:でもなんで今なの?
ルームメイト:今、ネットで見られるようになったばかりだから見られるよ
それで2時まで見てた。3時まで泣いてた。ちくしょう。
我媽看完「大濛」說:
「這齣電影袂歹看」
我覺得劇本真的很棒
領屍的情節就像帳篷裡的天幕
看起來細小的支架
卻撐起整部電影遼闊的敘事空間家中如果有60歲以上的長輩
建議一起帶去電影院看
總有某些情節能喚起他們童年記憶裡的片段對這段歷史不熟悉的
這部電影也是一個很好的入門#大濛 pic.twitter.com/CqWA03sM8A— 睿爾芙 (@rewoIf) February 4, 2026
【ツイートの日本語訳】
母は『大濛』を観た後、こう言った。
「この映画、なかなか見応えがあるわ」
私は脚本が本当に素晴らしいと思う
遺体を引き取るというエピソードは、まるでテントの天幕のようだ
一見細く見える支柱が
映画全体の広大な物語の空間を支えている
60歳以上のご高齢の方がご家族にいらっしゃるなら
一緒に映画館へ連れて行くことをお勧めする
きっと、彼らの幼い頃の記憶を呼び覚ますような場面があるはずだ
この歴史に詳しくない方にとっても
この映画は良い入門編となるだろう
台湾現地のレビューサイトやSNSでも、本作は非常に高く評価されていますね。現地ファンの熱い声をまとめると、以下のような傾向が見えてきました。
「政治的な正しさを押し付けるのではなく、多面的な視点で時代を描いているからこそ、誰の心にも刺さる」
「見終わったあと、悲しさではなく、人の温かさと生命力の強さに涙が止まらなかった」
「一見、優しいロードムービーの皮をかぶっているけれど、実は権威主義への鋭い皮肉や社会批評が込められていて、監督の手腕に脱帽した」
悲劇をただの「被害の記録」として描くのではなく、人間の愛の勝利として昇華させた点こそが、多くの人の心を掴んで離さない理由です。
台湾映画のファン: チェン・ユーシュン監督の新境地、そして台湾映画特有の美しいエモーショナルな映像美を堪能したい方。
歴史映画は苦手だけど、人間ドラマが好きな人: 政治や歴史の知識は後回しでOK。「ひとりの少女の成長と絆の物語」として感動したい方。
見終わったあとに静かに余韻が残る映画を探している人: 派手なアクションではなく、心の奥底にじんわりと温かいものが残り続ける体験をしたい方。
まとめ|『霧のごとく』は、台湾の過去を通して今の自由を考えさせる映画だった
『霧のごとく』(原題:大濛)は、決して“重苦しいだけの映画”ではありませんでした。むしろ、過酷な過去を優しく包み込み、「私たちはこの暗闇を乗り越えて、今の自由を手に入れたんだ」という未来への希望を教えてくれる、圧倒的に優しい映画です。
歴史を知らない日本の観客の心にも、阿月の健気な姿や、彼女を助けた人々のぬくもりは必ず届きます。
映画見終えたあと、見慣れたいつもの空が少し違って見える――そんな素晴らしい映画体験を、ぜひ味わってみてください。
もう一回Netflixで視聴してみようと思っています。
そしてこのブログ記事も見るたびに何度も書き換えると思います。

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